假屋崎省吾の家族構成や生い立ちまとめ!現在何してる?経歴も調査

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假屋崎省吾の家族構成や生い立ちまとめ!現在何してる?経歴も調査

假屋崎省吾さんといえば、華道家としての仕事やメディア出演など大忙しでしたよね。現在はほぼ華道家メインで活動中で、タレント業からは遠ざかっています。「カーリー」の愛称で親しまれ、歯に衣着せぬ発言と華やかな存在感でバラエティ番組に多く出演してきた、假屋崎省吾さん。

そんな假屋崎省吾さんの家族構成が、気になっている人も多いと思います。今回は、假屋崎省吾さんの家族構成について、調査しました。

目次

假屋崎省吾の家族構成や生い立ちまとめ!

假屋崎省吾さんの家族構成は、両親との3人です。父親は役場勤めで真面目で穏やか、母親は専業主婦で陽気な方だったそうですよ。両親が園芸好きで、親と共に季節の花を育てていたという、假屋崎省吾さん。両親は花以外にも美しいものや美味しいものが好きで、子供の頃から神社仏閣、博物館・美術館などによく連れて行ってもらったそうですよ。

人生を楽しむことにお金を惜しまない両親だったことから、假屋崎省吾さんの教育にも惜しみなくお金をかけてくれたそうです。とはいえ、裕福な家庭ではなく、ごくふつうの中流家庭とのこと。育ったのは、東京・練馬区の都営住宅で、両親は持ち家を持たず、貯金をいっさいしないタイプだったそうです。母は料理上手で、近所の人たちを招いて大量のご飯を振る舞っていたとか。両親ともに田舎育ちでお花が大好きだったので、假屋崎省吾さんも幼いころから自然と手伝うようになり、「お花って素敵だな」と感じるようになりました。

大学時代に生け花を始める

幼いながらも愛読書は『趣味の園芸』という変わった子どもでしたが、母は假屋崎省吾さんのやりたいことを否定せずに、応援してくれたそうですよ。假屋崎省吾さんは大学生のころ、たまたまテレビ番組でいけばな講座を見て、「花を切って器にいけるとこんな素敵な空間が生まれるのか」と、衝撃を受けます。それがきっかけで、大学2年生のときから華道教室に通い始め、いけばな「草月流」本部教室に入門。家元の勅使河原宏に師事し、華道家としての道を歩み始めました。

大学に入ったころ、両親に「節約しましょう」と提案し、マイホームの頭金を貯めることに。現在は鎌倉に敷地1000坪以上の豪邸を構え、四季折々の草花に囲まれた静かな生活をしています。幸せな子ども時代でしたが、唯一借家で狭かったことがコンプレックスで、大人になってから夢を叶えたのですね。

假屋崎省吾は現在何してる?

假屋崎省吾さんは自らテレビから遠ざかり、それ以降SNSやイベント会場などで発信・交流しています。芸能界にはまったく未練がなく、「もうそろそろいいかな」という気持ちなんだとか。華道家としての活動に焦点を当てる番組であれば出演することはあれど、現在は花教室や個展で手いっぱいだそうですよ。また趣味でピアノを弾くので、音楽と華道を融合させたパフォーマンスを披露することも。着物のデザインも手がけているので、常に全国を飛び回っており、多忙を極めています。

3人家族とは?

假屋崎省吾さんは現在、家族3人で暮らしていることを公言しています。以前より同性愛者だと明かしており、2004年頃から17歳年下の恋人との交際をスタート。出会いは新宿3丁目だったことも明かししています。

現在は家族3人で暮らしていおり、1人は長年連れ添っている年下の彼氏、もう1人は同居人ということで、家事を担う大切な存在と話していました。今は鎌倉で家族3人、小型犬が3匹、大型犬が2匹と一緒に暮らしているそうですよ。パートナーとは20年近く一緒ということで、本当に仲が良いのですね。また身体が資本ということで、健康管理に気を遣い自炊をするように。糖尿病を患っているので、なるべく自分で作って食べるようにしているそうですよ。公私ともに充実した日々を送っているのですね。

假屋崎省吾の経歴も調査

東京都練馬区生まれの假屋崎省吾さんは、園芸好きの両親の影響で「園芸少年」として育ちました。小学生の頃から、『趣味の園芸』『きょうの料理』『婦人百科』を定期購読する、変わった少年時代を過ごします。練馬区立光和小学校、練馬区立石神井東中学校、東京都立鷺宮高等学校卒業後、明治大学夜間学部を経て、早稲田大学第二文学部に入学。在学中に園芸を始め、「好きな花で自己表現したい」と、いけばな「草月流」本部教室に入門しました。家元で映画監督でもあった勅使河原宏氏が設立した、「男子専科」の初期メンバーとなります。

早稲田大学卒業間近に父親が急逝し、一旦は就職するも、3か月で退職。アルバイトをしながら園芸に没頭します。その後、草月工房に入社し、草月出版新人賞、ディスプレイデザイン賞など数々の賞を受賞しました。財団法人草月会評議員、草月流師範会理事、草月流本部講師を歴任し、1992年には個人事務所を設立します。花を生けるということだけでなく、空間芸術家としての視点も持ち合わせた作品が、瞬く間に人気を集めました。

式典の総合プロデュースも

1996年のアメリカ合衆国大統領クリントン来日時、1997年のチリ大統領来日時、1998年のイタリア大統領来日時といった、華々しい式典において、花の総合プロデュースを務めています。2000年代からメディアに出演するようになり、「華道家」という肩書を使い始めた元祖となりました。「華道の世界だから華道家でいこう」と名乗り始めたら、その後、いろんな「~家」が世の中に増えていったそうですよ。

昔は黒髪でしたが、美輪明宏さんから「黒って魔界の色よ」と言われ、金髪に染めたのがきっかけとなり、顔も幅広く認知されるように。また、花にまつわる仕事以外に自身のオリジナルブランドの着物のデザインを手掛け、日本各地で見立て会を開いています。

まとめ

今回は、假屋崎省吾さんの家族構成について、紹介しました。假屋崎省吾さんの家族構成は、両親と3人で、幼いころから園芸に親しむ家庭で育ちました。假屋崎省吾さんは大学時代から本格的に華道を始め、いけばな「草月流」で学んだあと、独立し現在の事務所をかまえています。

以前よりテレビ番組への出演は減りましたが、華道や着物の仕事で全国を飛び回る日々を過ごしているそうですよ。今後の活躍も、応援していきたいと思います!

この記事を書いた人

「はちはちトピック」の管理人・はっちーです!気になった話題のニュースやトレンド情報をピックアップしてお届けしています。蜂みたいにあちこち飛び回って、いろんな“話題の花”を見つけてくるのが日課です。
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